5歳~10歳時この港陽公園のすぐ横に住んでいて、
毎日ここで遊んでいました。
当時の住まいは父の勤務先の社宅で、
その社宅を取り壊すから引越しを余儀なくされたのです。
引越しの日タクシーに乗り、
この公園から離れて50年が経ちました。
Googleマップで何度も見ていましたが、
バーチャルではなくリアルに見るため、訪問。
想い出が多すぎました。ちょっと涙が出ました。
築地口駅から歩いて来て、最初に目に入ったのがこのグランド。
使用するには名古屋市の許可がいる、と書いてありました。
グランド内のベンチ。
弟達と父がここに座ってゲイラカイトを上げていた。
うおー!富士山が見えた。
富士山型の滑り台はこの地方独特のものらしいです。
小高い丘になっている場所の階段。
公園から見える倉庫。
当時は”四日市倉庫”と書いてあった。
富士山滑り台はちゃんと登り口があるのですが、
滑る面から駆け上がっていました。いや危険でしょ。
奥の平屋は公民館で、
そこで開かれていた習字教室に通っていた。
弟達がいくつものおもちゃを無くした砂場。
砂の中に埋まったり、誰かに持って行かれたり。
この10畳ぐらいの場所では、
夏休みには毎晩花火をして遊びました。
社宅住みの皆が共同で大量に花火を購入していました。
今はダメかもしれませんね。
当時は円形に芝生が植えてあった気がする。
小高い丘に続く坂道。
この道の両脇にアベリアが植えてあり、
その花の蜜を吸っていたと思う。
小高い丘の頂上はちょっとしたスペースになっています。
夜に家出して、
行くところが無いからブランコに乗っていたら、
弟が迎えに来た。
ブランコの向きが変わっている気がする。